「死にたい」の裏側におある本当の心理

SOS

こんにちは『まっさん』です。
 
今回のテーマは”死にたい”についてです。。。
 
いきなり質問です!
「もしあなたの友人や家族から”死にたい”といわれたらどうしますか?
驚きますよね。
なんて言っていいかわからず
「冗談でしょ?」「あはは。。。」
なんてこともあるでしょうね。。。
特に、親だったら
「なんでそんなこと言うの!」「『死ぬ』なんて簡単にいわないの!」
な~んて理由をきく前におこったり、非難しちゃうかもしれませんね!?
今回は『自殺念慮(自殺したいなぁという気持ち)』をもつ人が『死にたい』ときの「こころ」についてつらつら書こうと思います。。。

今回のテーマの対象者は『自殺ハイリスク群』のはなしですそのため希死念慮ではなく『自殺念慮』のワードで統一してます

 

「普段とかわりなかった」と言う周りの人たち

 いじめなどで社会的にインパクトのある『自殺』があるたびマスメディアの方たちは大騒ぎします。
 
近所の人や友人、そして家族にまで「自殺の前はの様子はどうでしたか?」「自殺する理由は何だとをおもいますか?」などなど。。。(無神経なほど)よく聞いてますよね。
たいていは
「普段と変わらなかった」「”いってきま~す”と明るくでていきました」「〇×日に遊ぶ約束をしてた」そして最後に『だから本当に驚いています』
という言葉。
また、刑事ドラマや弁護士ドラマなんかでもカレンダーや手帳に旅行や誕生日などのチェックをみて
「旅行の計画しれている人が自殺するわけがない!」とか「誕生日を楽しみにしてるのに自殺は考えにくい!」『だから他殺だ!!』
なんて展開あるあるですよね。。。
 
でも、実際は「自殺」しちゃうんです。。。
いつも通りに学校行っても、予定があっても自殺しちゃうんです。
このような『自殺念慮』の人たちの心理状態はどうなっていると思います?
 

「死ぬ」という選択肢しか選べない人たち

とはいえ、いきなり自殺をする人はほとんどいません。(だからと言って安心もできないんですが。。。衝動的にとうこともありますので。。。)
 
『自殺念慮』をもつ人が「死ぬ」という心理状態に至るまでには必ず「死にたい」とうメッセージを出します。
 
ところが周囲の人が「このサイン」を見逃すと。。。とても危うい状況になります。
あなたも「心理的視野狭窄」という言葉きいたことありませんか。
自殺念慮をもつ人に共通した心理状態です。
通常、私たちは強い心的ストレスがかかったとき、そのストレスを適切な方法で解消します。
 
例えばだれかに相談したり。。。食事や旅行などで気分転換をしたり。。。などなど。
 
ところが、強烈かつ長期にわたる心的ストレスがかかり、さらに何らかのトリガーが引かれると『心理的視野狭窄』になります。この心理状態になると「死」という方法でしか解決できないと思いこんでしまいます。
 
ふらーっと高いところにいってしまうとか。。。ホームからじーっと線路をみつめてしまうとか。。。そしてひとこと「死ねば楽になるっだろうなぁ」
 
ドラマなんかでは、「はっ」っと意識がもどり「私、なに考えてたんだろう。。。」なんてシーンで「ホッ」っとするんですが、残念ながら現実はそのままということもおおいです。
 
このような状態を『心理的視野狭窄』というんですね。

 

周囲の人が「死にたい」をいかにしてキャッチするか

『心理的視野狭窄』になると誰にも「SOS」を発しなくなります。
だから、心理的視野狭窄になる前に「SOS」をキャッチするのが大切なんですね。
つまり心理的狭窄の一歩前の段階が重要な意味を持ちます。
では、どうやってメッセージをキャッチすればいいんでしょう。
自殺念慮をもつ人たちの多くは、その数か月前から「こころの振れ」があります。
「生きたい感情」と「死にたい感情」を行ったり来たりする心の動揺期間ですね。
 
この「動揺する心」から、もれだす言葉が「死にたい」とう表現になるんです。
いいかえれば、「死にたい」の裏側には「生きたい」があるということです!
このサイン見逃さないでください!!
最後の「SOS」かもしれません。
 ところが、本人の「死にたい」という言葉を家族や友人が「冗談」「怒り」「非難」などで対応すると。。。
「やっぱり、この苦痛や悩みは解決できないんだぁ」と感じてしまい、2度と”SOS”を発信しなくなります。
 
本気で「死のう」とおもいつつも、周りには笑顔で対応するようになります。
そうなると周囲の人には、ほぼ100%「SOS」は発見できません。
そして突然その日がくるので
「普段とおなじでした」になるわけです。。。
 

本気で「死にたい」なんてなかなか言えなですよ!ふつーは

help

 
死にたいと考えてる人は「死にたい」という気持ちをどれくらい周りの人に伝えていると思います?
 
むずかしい質問ですよね。
「あんた『死にたくなったら死にたい』ってちゃんと言うんだよ?」とか「あんた『本気で』死にたいときある」
なんて会話なかなかしませんもんね、ふつーは。。。
内閣府が調査した結果によると
自殺を考えたときに実際に相談した人は3割程度です。そのうち家族や友人に相談したの人は2割。
家族や友人でもたった2割です。
残りの7割の人は「相談なし」で実行です!
なぜだとおもいますか。。。?
「心配をかけたくない」「真剣に相談にのってくれない」「楽しい雰囲気をこわしたくない」
が理由だそうです。
これって「ふつーの悩みを打ち明けられない理由」と同じレベルじゃないですか!?
「死にたい」ほどつらいのに相談できず、その理由が「心配かけたくない」です。。。
これってどうおもいます?
 
身内や近しい人にほど、「死にたい」って言葉を出すには「勇気」がいることなんですよね。
だって、自分が死んだら一番悲しむわけですから。。。そんな人たちには絶対に心配かけれない。。。と考えちゃうんじゃないかな!?
 
それくらい「死にたい」は言いにくい言葉かもしれません。いいかえると、「死にたい」は勇気を振り絞って発した言葉なんですね!
だから、受け手は”死にたい”を「冗談」や「怒り」「非難」ではなく、まずは「勇気」をだして「死にたい」を言ってくれたことに感謝することが大切なんだと思います。
 
世の中で言われている「死にたい」「自殺したい」と言うひとは、本当は自殺などしない!!」は、都市伝説くらい根拠のないことです。
 
 
実際に自殺した人の多くは、きちんと「死にたい」「自殺したい」というメッセージを発してします。

孤独を感じる人たちと負担を感じる人たち 

自殺のリスクのある人たちが「死にたい」という、いわば「助け(SOS)」を言えない理由の1つには、人間関係が良好でないという思いこみがあります。
 
これ、どういうことかって言うと。。。「人を信じていない」ですね。。。
 
このような心理状況は次の3つの要素があります。

  • 自殺念慮の獲得
  • 孤独感の増加
  • 負担感の認識
自殺念慮の獲得

 本来、人は「痛み」や「恐怖」などに対して本能的に嫌がったり、避けたりします。
ところが、人は自傷行為や自殺企図(死のうとすること)、暴力などが繰り返されると痛みや恐怖に対して「慣れ」てしまうんですね。
その「慣れ」、いいかえれば「自殺に対する嫌悪感・罪悪感の低下」ってどんどん進んでいきます。
 
その結果、自殺に対する抵抗感がなくなり、『自殺念慮』をもってしまうんです。。。
 

孤独感の増加

 ここでの「孤独感」とは主観的に孤独をかんじているということがポイントになります。
 
周りの人からみて、「仲の良い家族でした」「友達は多かったです」という評価はあてにならない。
 
あくまで、自殺しようとする本人の心の中で孤独を感じていることが問題なんです。
 
例えば学校などで「中心的に存在」なのにだれも本音を言ってくれない(と本人は思っている。。。)遊びや飲み会には参加しているがいつのまにかぽつーんっと一人になっている(ように本人は感じている。。。)など。
 
多くの友人がいて、客観的には決して一人ぼっちにはみえなくても、本人は孤独を強く感じていることがあります。
主観的孤独感が増加すると、「自分には味方がいない」とう感情が生じ、人を信じれなくなります。
 

負担感の認識

これはあなたも1回は感じたことがある感情ではありませんか?
例えば、
受験勉強で思うように成績が伸びないとき。。。高額な塾代をだしてもらっているのに「自分は親に負担ばかりかけている。。。」とう気持ち。
仕事でミスが重なり、そのたび周りの人に迷惑をかけているとき。。。人に迷惑ばかりかけて頼ってばかり、「私がいないほうが仕事がうまくいくのでは。。。」という気持ち。
 
このようなことは誰でも経験しますし、その経験が「成長のもと」にもなります。
 
ところが、自殺リスクの高い人はだれでも経験するような「挫折」や「ミス」などで「自分がいるからいけないんだ」「自分は助けてもらう価値のない存在なんだ」と自分を否定する。。。それも”存在否定”です。
ないていいる女性イラスト
いづれにしても、『自殺念慮』を持つ人たちは「自分に味方になってくれる人はいない」「むしろ自分がいることで家族や友人に迷惑がおよぶ」「だから自分など必要とされていない」という主観的否定的な思考をもってしまうことがおおいです。
 
つまり、
人間関係がうまくいってないと思い込み、だれも助けてくれないのだから「いっても無駄」と考え、自分の存在を否定してしまう。
 
このとき、本人の心理状態が「自殺への恐怖心低下」状態であると。。。とても危ういです。
 

自傷行為は孤独だから。。。

手首に包帯
ここで「自傷行為」について触れておきますが、確認しておくことがあります。

リスカなどの自傷行為は不快感情への緩和を目的におこなわれことが多いため、必ずしも「自殺」につながるものではありません。
が、その背景には「死」が関連していることは理解しておく必要があります。

 
「イライラ」した気持ちや不快な感情に対して『自分を傷つけること』でスッキリすることがありませんか?
 
例えば、イライラ、ムシャクシャしたとき「木」や「ブロック塀」を思い切りたたいたことあるんじゃないですか??
 
これも「自傷」です。だって、本気で木が倒れると思ってたたいてますか!?ドゴーんってブロック塀に穴が開くとおもって正拳くりだしてますか!?
 ところであなたは自傷する行為をどう考えてます?
「だれかに私苦しいことをアピールするためだろ」「かまってほしいから」
とかですかね。。。!?
間違いではないと思いますが。。。
 
実はですね、「自傷行為」自体、気づかれないケースの方が圧倒的に多いんですよ。
だから「アピール」として「自傷」することはほとんどありません。
 
実際の自傷行為は誰にも見つからない場所で一人きりで行われる行為であり、この観点からすると「アピール」や「かまってほしい」から自傷するわけではないことは事実です。
 
彼ら彼女らは、こころの痛みに耐えながら自分一人で何とかしようと頑張っています。その中で自分の不快感情と孤独を緩和する方法の1つとして『自傷』という行為を行っているのがほとんどです。
事実、自傷行為者のうち約70%の人はだれにも気づかれずに『自傷』をおこなっているとう報告があります。
 

言葉を介した「助けて」が言えない人たち

 自傷行為の根本には「自分一人」で不快感情を解消しようとする心理があります。
ではどうして、他人に「助けて」と言えないのでしょうか。。。?
 
個々人の状況が異なるため決まった原因・理由はないですが、比較的共通した事柄はあります。
 
それは、
『めんどくさい』
からです。
 
冗談ではなく本当に「言葉で助けて」を求めることがめんどくさくなるんです。。。
 
もともと「助け」自体を求めるのが苦手な人は、何かのきっかけで「自傷」します。その時、イライラが解消されスーッと気持ちが軽くなると、言葉での援助は必要ないと感じてしまいす。
 
言い方は適切ではないかもしれませんが、「さっさと気持ちを楽にさせよう」という”自己治療”を優先させることになります
 
自己治療で「こころの苦痛」を解決できてしまうと、もう「言葉での助け」は手間がかかる作業になり「面倒くさいこと」になってしまうんです。。。
 
 

まとめ~「助けて」を言いだしやすい環境つくり~

 『自殺念慮』をもつ人は「死」という選択肢しか考えられない瞬間があります。
 
ただ、その考えに至るまでに必ず「死にたい」とうメッセージを発していることが多いです。
 
そのメッセージは「勇気」を出して絞り出した、まさに生死をかけたメッセージだと私は思ってます。だからこそ、「死にたい」というメッセージを「冗談」「怒り」「非難」などで聞き流さないようにしています。
一方で、『自殺念慮』をもつ人や『自傷行為』を行う人からの、「言葉によるSOS」を求めることは難しいことかもしれません。
 
そう考えると、周囲の人の
「つらかったら『助けて』って言うんだよ」「なにかあったら必ず言うんだよ」
は、実は本人任せで「無関心」に近いのかもしれません。
 
本人が「助けて」を言いやすい環境をつくる。。。これは「信頼関係」をつくることです。「相手の変化に気づいてあげれる」ことで信頼関係はできあがることではないでしょうか。

 

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